経験したこと2

by スクランブル・エッグ

何か、あっという間の出来事で、大きく人生が変わってしまった私は、手術直後の病室のベッドで目覚めたのですが初めて、自分の身に起こったことの重大さを身をもって認識します。
「痛い」も言えないのです。話は聞いていたのですが、「話せなくなる」が現実となりました。
ものすごい喪失感が襲います。
自分がすらすらと普通にしゃべっている夢を毎晩のようによく見ました。
その夢は、未だに見ることがあります。

1ヶ月半して、退院直後の、バリューム検査で、「異常なし」手術成功です」のことばに、
車椅子で迎えに来てくれた、看護師さんの前で初めての涙が、堰を切るようにあふれます。
「痛かったの?」優しく聞いてくれたのですが、癌と聞いてから、「自分が落ち込んだら、周りはもっと落ち込む。特に女房には無駄な心配をかける」と、思い努めて明るく、空元気を出して。
明日、手術という夜。同室の患者さんに「あんた、すごいな、すごいわ」と言われるほど。
その努力が報われた瞬間でした。
これは、私と、看護師さんの2人だけの秘密です。

しかし、本当の試練はこれからです。
喉摘者の誰もが通る道。
ものすごい、プレッシャーとの生活です。話せないことが、恥ずかしくて、表には、1人で出て行けない。いつも女房の後に隠れるようにして、生きていきます。ところが、転機が訪れます。
まだ55歳、働きたい。ハローワークに通い出しました。ここには、障害者用窓口もあり、筆談でもOKです。しかし、職はなく、「話せないからだけじゃなく」どうにもなりません。
それで、一念発起です。「調理師学校に一年間通うことにしま

した。」この一年が大きく、私を変えました。たくさんの人の中に一人で飛び込む。一人では行けなかった食堂にも行って‥これは、座ってメニューを指させば相手が、理解してくれることを知りました。質問は、あらかじめ作文しておき、提出すると答えてくれました。
この一年が、自分をさらけ出す度胸をつけてくれました。
後で聞いた話ですが、女房は、すぐにやめてくると思っていたようでした。
もちろん、調理師免許は取得しました。
喜んだのは、僕より、女房だったのです。

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